共同著作物の話に戻って・・・

利用許諾(利用許諾契約にするにせよ、その要素は意思表示です)などの意思表
示をするに当たり、権利主体が複数いると、どのように意思表示するのかが問題
となります。

●1.日本の場合
我が「ローカルルール」ですと、著作権法65条2項により「共有者全員」の合
意がなければ利用の態様を決し得ないことになっています。

これは、民法の特別法になってまして、民法252条では、持ち分の過半数で決
するという多数決原理が原則となっていますが(だから持ち分51%とかするワ
ケ)、著作権はその例外である、としたものです。

したがいまして、Bさんと、Gさんがそれぞれ別のポリシーを持っているとどう
いう条件で利用許諾するかが決まらないことになってしまいます。

ただし、この調整規定として、著作権法65条3項というのがあって、「正当理
由がなければ合意の成立を妨げることはできない」とされています。

●2.米国の場合
これが、グローバルスタンダード(笑)になりますと、知的財産権を共有した場
合、排他的利用許諾(独占ライセンスとか)は別にして、通常利用の許諾は、各
自が勝手にできます(ただし、対価を得た場合は各権利主体で分けることになり
ます)。

===

以上を、「GPLとBSDを混ぜちゃった」事案にあてはめると・・・
※マージした主体との「債権的契約」が入ると論理がややこしくなるので、Gさ
んとBさんのソフトをMさんがマージしたとしましょう。

そうすると、

まず、1.アメリカだと、BさんもGさんも著作権を主張できるとすると、Bさ
んは、BSDで、GさんはGPLで配布しちゃうことになります。

ユーザーは、より制約の緩いほうでの利用許諾を望むでしょうから、多くの場合、
BSDで流通するのではないかと思われます(ここで例の謝辞広告のイチャモン
が効いてくる;あれを主張した以上、FSFサイドからはBSDは実質著作権放
棄だ、とは主張できないことになる;本当にlaywer ついてんだろうか?)。

なお、FSFは、
> In addition, mere aggregation of another work not based on the Program
> with the Program (or with a work based on the Program) on a volume of
> a storage or distribution medium does not bring the other work under
> the scope of this License.
(GPL2第2項から批評研究目的の引用)

で、結合著作物拡張解釈説をとるような態度を示していますが(まぁ、そこまで
は言ってないのかも知んないけど)、ある著作物が共同著作物と認定されるか結
合著作物と認定されるかは裁判所の法的評価ですので、このへんの条項で上記の
事態を防止するのは無理だと思われます。

要するに「合衆国で、GPLとBSDを(勝手に)混ぜるとBSDライセンスの
下で流通してしまい、それを差し止める法的手段はない」という摩訶不思議なこ
とになります。

これでも、「BSDライセンスはGPLとコンパチだ」と表明してるのだから、
Tacos 的には、専ら政治的意図なのでは??と思料する訳なのです。/* また、
上記のような常識外れな事態を防いでいるのは、法律ではなくて、対抗言論によ
るコミュニティレベルでの監視なのでしょう。 */

では、2.我が国ではどうなのか、については・・・

※時間がなくなっちゃったので、続きはまたの機会に・・・m(_ _)m gomen-
nasai

..Tacos(ozaki / ruby-lang.org)