まつもと ゆきひろです

In message "[ruby-list:30255] Re: 物権/債権( re :ライセンス)"
    on 01/06/15, Tacos <ozaki / ruby-lang.org> writes:

|1.GNUの目的たるコピーレフト思想(←これも曖昧な概念ですけど)
|2.GNUがとる手段としての「従わないやつは著作権上の権利を行使してつか
|わせないぞー」and/or「許諾契約違反なやつは債務不履行で訴えるぞー」という
|好戦的な(?)思想 /* で、この思想(or威力)の背後には、このスレッドの
|テーマたる「著作権の物権的な効力」があるわけです */
|
|でもって、2.の部分は明らかにBSDにはないものですので、「手段レベルの
|思想」で既に方向が違っちゃっているのです。

ここまでは異論はありません。しかし、

|それにもかかわらず、compatible だとしているのは、BSDコミュニティに対
|する(平和的共存のための)政治的配慮だと(Tacos個人は)思います。

っていうのは、なんか穿ちすぎのような。少なくとも適切な表現に
は聞こえません。

FSFとしても自分のやり方に賛成していない(かつ、自分の著作権に
よる強制の及ばない)人になにかを押しつけるつもりはないでしょ
う。ただ、邪魔をしてもらっては困るので、GPLの邪魔になるライ
センスについては、非コンパチと宣言するのだと思います。

で、FSFがどう思っているかは、私にはあんまり関係なくて、「政
治的配慮(笑)」により、GPLを邪魔しない程度で、かつ最低限の自
己防衛を行いたいということだけが望みです。

が、そもそも「BSD的ライセンスは政治的宣言に過ぎない」という
尾崎さんの言葉を信じるなら、「じゃあ要らないや」というのは私
の正直な心情です。

							matz.