Shugo Maeda さん wrote :
>前田です。

お世話になってます。m(_ _)m

>(1)それがフリーソフトウェアのライセンスと言えるか否か。 
>(2)それがコピーレフトを保証するライセンスであるか否か。 
>(3)それが GNU GPL と矛盾しないか否か。 (「矛盾しない」とは、
>そのライセンスの下で発表された モジュールを、 GPL で保護された
>モジュールと統合して 一つのより大規模なプログラムにすることが
>可能である ということを意味します) 
>(4)それが実際上何らかの特殊な問題を生じるか否か。 
>
>という4つの観点でソフトウェアを分類していて、GPL compatibleというのは
>(3)のこと(上記では「矛盾しない」がcompatibleの訳)で、それ以上の意味は
>ないです。

GNUの思想といった場合、たぶん(ここまで詰めて議論したコミュニティもな
いと思いますけど(^^;;; )、以下のふたつがあると思います。

1.GNUの目的たるコピーレフト思想(←これも曖昧な概念ですけど)
2.GNUがとる手段としての「従わないやつは著作権上の権利を行使してつか
わせないぞー」and/or「許諾契約違反なやつは債務不履行で訴えるぞー」という
好戦的な(?)思想 /* で、この思想(or威力)の背後には、このスレッドの
テーマたる「著作権の物権的な効力」があるわけです */

でもって、2.の部分は明らかにBSDにはないものですので、「手段レベルの
思想」で既に方向が違っちゃっているのです。

FSF系では、「GPL違反行為をみつけたら著作権者に通報しましょー」みた
いなキャンペーンをやってる訳ですが(言うまでもなく著作権者に著作権行使を
促すためです)、そもそも著作権を放棄したに近いBSD系著作者は、そんな通
報されても「so what??」状態になってしまい、何の対処もできません。

それにもかかわらず、compatible だとしているのは、BSDコミュニティに対
する(平和的共存のための)政治的配慮だと(Tacos個人は)思います。

..Tacos(ozaki / ruby-lang.org)