たかたです

> | る。」という風に、オーソドックスなUnixの抽象化の手法をそのままOOの
用語
> | で言い換えるだけではどういう限界があるだろうか?
>
> Plan9 について調べた際に、UNIX OS の限界についての考察を読みました。
> いくつか URL を紹介します。
>
> ftp://plan9.bell-labs.com/plan9/index.html
> http://basalt.cias.osakafu-u.ac.jp/plan9_doc/plan9_index.html
> http://plan9.aichi-u.ac.jp/
>
http://www.arc.musashi-tech.ac.jp/architec/suzuki/person/taizen/Plan9.
htm

ありまさん、読みました。Plan9ってのは、名前は知ってたのですが、どんな
んだか知らなかったので、感動しました。
(特にディレクトリ構成でなぜかいつもrootとけんかになっちまう俺として
は、Dynamicなファイルシステムってのがすごいと思った。でも、あれは、
ユーザー各々が/home/username/以下に、linkを大量に構成するだけでは、同
様のことはできないだろうか?それにオーバーヘッドが異常におおきくならな
いかしら?というわけでまだよく分かってないでありまする。)

それはともかく、あれは、僕の興味がある「Unixの限界」とは違う種類の限界
です。僕の言ってる奴は、UnixにJavaとかRubyとか、GnomeとかOpenStepなん
かとかみたいな、最近流行の「UnixのOOじゃないものを見えなくしちまうも
の」と同様のことを、Shellレベルでしようとしたら、どーゆー問題があるの
かなっていう「Shellの限界」みたいなもんでがす。たとえば、
(以下、Unixの "File" を "Object" だと思って、)
1、フィルタ系のアプリとそうじゃないアプリでそれぞれ、どういうObjectを
継承しているように見せかけたらわかりやすいかな?こういう見せかたで、不
自然に見えちまうことってあるかな?
2、File(Object) > Cilpboardなんていう継承(実質的には委譲)で、クリッ
プボードがしゃこしゃこと簡単に作れるようにするっつーのは無理があるかな
?
3、そもそも、すべてのObjectを "File" の形式でみせられるようにするのは
(つまり、あらゆるオブジェクトには単なるバイト列として扱えるという原始
的なUnixインターフェイスがある)現実的だろうか?たとえば、Integerとか
URLが、"File"として扱えたら気持ち悪くないか?
てなお話です。多分、僕の想像してるのは、Perlのオブジェクト指向のような
「きたない」インターフェイスに近いです。

たかた ひであき