たかた@久しぶりの投稿です。

皆さんの議論を聞いてて、あれっと思ったのだけど、本来、Win/DOSの世界で
のシェアウェアってのは、ソフトウェアのバイナリを共有する目的で、
開発関係者は開発結果のバイナリで、開発には関われないけど、ソフトウェア
は気に入ったという人は、お金で「貢献」する
というモデルのはずだから、オープンソースでも、「気に入った人はお金払っ
て」っていうなら、シェアウェアみたいなものだといえなくも無い訳で。

だから、RedHatとかTurboみたいな、
フリーソフトを配布して、それで、お金を払ってもよいっつー人からお金をも
らって、お金を払った人には、追加の機能(添付される商用ソフト)とかサ
ポートをあげる(で、もうけの一部をフリー部分の開発者にも還元する)って
のも、シェアウェアの一種、つーか、最も成功したシェアウェアだといえなく
も無い。

RedHatとかのビジネスを見て、そう解釈してたのですが、不自然でしょうか?

追伸
今、Unixをただ単にラップするObject Orientedなシェルを作るとしたら、そ
のシェルにはどういう機能が必要だろうとずっと考えてる。別の言い方で言う
と、「UnixではObjectしか存在しない。ただし、Unixでは、ObjectはFileと呼
ばれている。Fileはどのサブクラス(devだとかexectableとか、processとか)
に属するかによって、バイト列を受け取った時などの振る舞い(method)が異な
る。」という風に、オーソドックスなUnixの抽象化の手法をそのままOOの用語
で言い換えるだけではどういう限界があるだろうか?
というもの。

たかたひであき