たかたです

いつもゴミですみません。

> たぶん、たかださんの「紳士協定」と俺の「作法」は
> かなり近い概念を指しているんじゃないかと思いました。
> 「紳士協定の共有」よりは若干拘束が強い、のかな…

えーと、感覚的な議論にならざるを得ないので、
今一つアレなんですが。
拘束の強さってことは、ものすごく感覚的なので

多分、Mac環境での同じような物は同じように働く
とか、UNIX使ってる人は、Perlが使いやすいとか
自分と同じコーディングスタイルや命名の習慣
(例えばGnu風コーディングスタイルとかハンガリアンとか)
にしたがってるプログラムはなんとなくわかりやすいとか。
だれ某の書いたクラスの使い方はなんとなくlispだとか。
J BuilderについてくるクラスがVisual J++より
C++ Builderについてくるクラスに近いとかニュアンスだとか。

そういう、なんとなくな慣習をある程度文書化
して、それを支援するMixinとかクラスを作れれば、
といった意味なんですが。

# 最近、オブジェクト指向ってのは、人間が
# 考える共通の「思考と伝達の協定」をプログラミングを通じて
# 作り出す運動だという気がするんですね。

> ただ、RubyのModuleは、そういう用途には向かないみたいなので
> (かつ、そういう用途に向くモノはRubyには特に無いようなので)
> とりあえずまぁ…です。

Rubyの歴史がわかりやすい慣習を作っていくのでは
Foo機能を実装してないのにFooな名前をつけるのは、
おこがましいとか、混乱するとかで共通慣習ができたら自然に
避けるようになるでしょう。
そうして、それぞれの名前を特定の機能が独占するように
なっていく。
「作法」ってのは、社会的強制力のある「慣習」じゃないですか?

これより強い「作法」の強制はRubyでは不可能なだけでなく
Rubyの感覚に反する様な気が。。

たかたひであき