原です。

私は、最初に脚注だけを読んで楽しませてもらったぐらいなんで、
おせっかいながら、少々弁護させていただくと、

> 脚注っていうのは、どうしても本文中で触れられない、あるい
> は触れたくない予備情報を緊急的に入れるためのものなのに、
> なんかカンチガイしているような。入れたい文章があるなら、
> 本文にちゃんと組み入れて書くのが、筆力のある人の常識なん
> だけどね。読みづらくてしょうがない。

そういう時代もあった事は編集者も著者も良く知っていて、この
スタイルを取っているわけですよ。つまり脚注を副チャンネル、
副音声として、別のメディアだと捕らえて、本文と平行に本文と
少しずらしたメッセージを流している、と、そういうノリなわけです。
書籍形式内でのマルチメディア化。

確かに、複数のアイデアを一直線に並べて本文に流し込むの
は大きな労力がいるので、多分、みなみさんはこの本ではそれ
をサボっている様に感じられたのではないでしょうか。しかし、
一直線に並べるのも、今時は複数のスタイルのうちの一つの選
択肢にすぎなくて、どちらが正しくてどちらが間違っているといる
ものでもないでしょう。一直線というのは一つの思想であって、
一直線派から他方を見ると邪道と感じられるかもしれないけど、
わたしはこれが楽しいので、ここはひとつ辛抱していただきたい。

#弁護のはずが、個人的なお願いで終わっている。(^^;

> フットノートを気楽につけられるTeXがUNIX界に広めた、悪し
> き風習ですな。大学で論文書かせても、なんか脚注につらつら
> と文章書いている学生がいるけれど、本来、そこには引用文の
> 原典だけを書くんだっちゅーの。それだけで大幅減点。

うーん、そのお怒りはごもっとも。でもそれはこの本と関係無い
ですよ。

[ruby-list:18150]  matz wrote:
|2章の脚注はやりすぎたかと思う点もあるので、今度本を出すこと
|があれば(あるのか?)、その辺気をつけることにします。

私はもっと脚注を増やしてほしいなあ、脚注のみのページがあっても
いいし、脚注のインデックスがあっても、脚注に脚注があってもOKよ。
脚注だけ集めてもう一冊本ができるぐらいの勢いがほしい。:-)

#このB5版も気に入ってます。