将来は、見通せないからこそ、制御しないといけない。そのように信じて
います。未来予想を確実に当てるには自分で未来を作ればいい。言ってる
ことは同じです。まつもとさんはどのような未来を考えていますか。今、
Rubyはたくさんのコミッターがいて、まつもとさんが「じゃあGIL捨てよ
う」とか「generational incremental parallel garbage collector希望」
とか「JIT欲しい」とか言えばみんなでそちらに向かって頑張っていける
じゃないですか。将来は見通せないからといって何もビジョンを示さない
ことのほうがよほど不誠実だと思いますね。プロジェクトリーダーの態度
として。

バージョン番号の話に戻りますけど、バージョン番号は飾りで、ただの数
字で、あまり意味がない、ここまでは認識を共有できていると思います。
しかるに、たとえばバージョンを2.0.0に上げるだけでこれだけ喜んでる
人がいるのはなんなのか。
https://github.com/ruby/ruby/commit/6b8d4ab
これが飾りの効果ですね。今はまだ実態がない2.0というものにこれだけ
のリアクションがあるという事実に自覚的になるべきです。バージョン番
号に意味はないからこそ、ここぞというタイミングで使うととてもよく効
くわけです。じゃあ、今後、これをどう使いましょうか。次のバージョン
にどういうメッセージを持たせますか?

バージョンが主なのではありません。開発方針が主なのです。それを考え
ればバージョン計画は出てくるし、開発も進む。開発が先にくるのは、た
だのカオスです。