nobsun です.

ちょっと Haskell の技術的な話題からはそれますが.

同僚から以下のような質問を受けました.

	(1) Haskell の情報を日本語で提供することの重要性
	(2) 英語の情報を和訳することでどの程度 Haskell の普及を助けているか
	(3) 日本の技術者がどれくらい日本語の情報を必要としているか
	(4) その他何でも日本語で情報を提供することに関して思うこと

この同僚は,現在,MySQL を国内でもっと普及させようというプロジェクトに
関わっています.MySQL は欧米では相当普及しているのに,日本国内ではあまり
普及していないことの主要因は,日本語での情報が少い(Haskellにくらべれば
はるかに多い?^^;)ことではないかとも言われています.

質問の意図は,「アプリケーションを開発するためのオープンソースソフトウェアを
普及させることにとって関連情報が日本語化され(てい)ることの重要性」について
一般的に知りたいとのことでした.


英語の苦手な私としては,読むべきドキュメントが日本語になっていることは
非常に嬉しいことです.実際,Haskell 関連の文書を翻訳したのは,自分で
何度も読むドキュメントは日本語であるほうが圧倒的に楽なのでそうしました.

私の感覚では,以下のようなものなのですが,
皆様はどのように感じていらっしゃいますか?

(1)については,Haskell では大変重要なことだと思います.
(2)については,Haskell 自身がマイナーな言語で,普及しているとは
いいがたい状況ですが,すくなくとも,拙い日本語であっても,翻訳されて
いることが自分以外の誰かにも役に立っているはずと信じています.
(3)一般的にいって優秀な技術者層は英語でも苦もなくドキュメントを読むでしょう.
しかし,英語の苦手な技術者層の方が人数がはるかに多いのではないかと想像します.
(4)一般論としてはオープンソースソフトウェアの国内での普及の段階は,
  - 最初は,情報が日本語化されているかよりも,情報そのものがあるかが問題
  - 名前が知られるようになってくると,情報が日本語されているかが問題
  - 最後は,最新情報が,はじめから英語,日本語の両方で発信されているかが問題
になるでしょう.いずれの場合も,日本語化されていれば,そうでない同等のソフト
ウェアよりは選択される機会が増えると思います.

--nobsun


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